未知のアマゾン産果実「アサイー」との運命的な出合い 健康・環境に関心が高い日本人に受け入れられると直感
株式会社フルッタフルッタ 代表取締役社長 長澤誠

菓子メーカーの営業から「アサイー」普及の立役者へ

健康や美容に関心がある人なら、「アサイー」という果物のことをご存知ではないだろうか。ブラジルのアマゾンで採れる黒紫色の果実で、最近では、アサイーをシリアルやヨーグルトなどと一緒に食べる「アサイーボウル」も、レストランのメニューなどでよく見かけるようになった。アサイーは、ポリフェノールがブルーベリーの約18倍、鉄分がドライプルーンの約4倍含まれるなど、栄養価がきわめて高い食物。今話題の「スーパーフード」の代表としても脚光を浴びている。しかし、ほんの10年ほど前まで、アサイーは日本では全く無名といってもよかった。それを一躍、日本中に普及させた立役者が、フルッタフルッタの代表取締役長澤誠だ。

長澤社長がアサイーと初めて出会ったのは1995年頃のことだが、実は、それは偶然の出来事だったという。長澤社長は菓子メーカーの会社員時代、知人の紹介で「クプアス」というアマゾン産果実の商品化プロジェクトを手がけていた。「プロジェクトは結局、成功しなかったのですが、その過程でアマゾンの日系ブラジル人農家が経営するCAMTA(トメアス農業総合協同組合)とのつながりができました。CAMTAから、クプアスと一緒に勧められたのがアサイーだったのです」と、長澤社長は振り返る。

CAMTAは、「アグロフォレストリー」という未来志向の農法に取り組んでいた。農業では、サトウキビ畑、ブドウ畑といったように、一つの耕地に一つの作物を植えつける「モノカルチャー」が普通だ。作物を栽培するにも、収穫するにも、生産効率が高いからだ。その半面、土壌成分が偏って連作障害に陥ったり、病虫害によって作物が全滅したりするデメリットもある。それに対して、アグロフォレストリーは、あたかも森のように一つの耕地でさまざまな作物を育てるので、生産効率を高めるのは難しいが、モノカルチャーの弱点が克服できるのだ。自然の植生に近い、地球にやさしい農法であり、荒廃したアマゾンの土地に緑を蘇らせる「森をつくる農業」としても注目されている。CAMTAは、アマゾン特産の十種類以上もの果実を「人工のジャングル」で生産しており、アサイーはメーンの作物の一つだ。「ところが、アサイーは当時、海外はおろか、同じブラジル国内でさえあまり知られていませんでした。なぜなら、収穫と加工に手間がかかるうえ、劣化が早いため、アマゾンでしか食されていなかったからです」(長澤社長)。そこで、CAMTAは、日本政府からの援助も受けて、アサイーの果実を現地で搾汁し、冷凍ピューレに加工する専用工場を設け、大量生産に乗り出した。そこへちょうど長澤社長が訪れたので、日本への輸出の橋渡しを依頼したのだ。

日本で全く無名だった「アサイー」に賭けて起業を決断

「まさに、運命に導かれたのでしょう。私は、アグロフォレストリーやアサイーにたちまち魅了されました。私はマーケティングが専門なので、商品としてのアサイーに無限の可能性があると直感しました。日本人はアマゾンなら知っていますが、アサイーのことは知りませんから、誰もが興味を持つはず。また、日本ではその頃、健康ブームが到来していたのですが、サッカーのブラジル代表選手やブラジルの世界的な格闘家がアサイーを愛用しているという好材料もありました。さらに、環境保全への意識も高まっていたので、地球にやさしい農法で作られたアサイーは消費者から歓迎されるに違いありません。アサイーは、日本人に受け入れられる要素をいくつも備えていたのです。アサイーが拡販できれば、アマゾンのアグロフォレストリーにも寄与できると考えました」

そこで、長澤社長は、アサイーに賭けることにして起業を決断、2002年にフルッタフルッタを設立した(ちなみに、「フルッタ」とはポルトガル語でフルーツのこと)。CAMTAとの独占輸入契約を結び、アサイーをはじめとするブラジル産果実の日本での販売事業をスタートさせた。アサイーの、そして、アグロフォレストリーの“伝道師”として、長澤社長の大車輪の活躍が始まったのである。

メディア戦略と原料・小売販売戦略が功奏し、IPOへ

アサイーの日本での売り込みについて、長澤社長はまず、ブラジル産果実の専門店の展開戦略を立てた。「アサイーがどんな果実なのか、どうやって食べるのか、日本の消費者は知りません。食品は自分の体に入れるものなので、消費者は食品の購入に関しては慎重で、保守的です。アサイーを広く知ってもらうことが市場への浸透、販売を成功させるカギになると考えました」と、長澤社長は説明する。専門店なら、リアルな商品を顧客に直接宣伝しつつ、日銭も稼げるので、一石二鳥のビジネスモデルだという。

専門店の第1号店(現在は閉店)は「ジュースバー」業態として、長澤社長の出身地でもある神戸にオープンした。「神戸港から多くのブラジル移民が出航したというストーリー性も重視しました」(長澤社長)。また、神戸市が震災復興事業の一環として、ベンチャーの誘致にも積極的だったのも理由の一つだ。アサイーをミックスジュースにしたのは、アサイーを食生活に手軽に取り入れるための提案でもある。

「アサイーは果物といっても、普通のフルーツのように甘いわけでも、ずば抜けて風味が良いわけでもありません。しかし、甘味や酸味が少ないだけに、ほかの食材との相性はいいのです。一方、アサイーのセールスポイントは抜群の栄養価。“天然のサプリメント”をキャッチフレーズにしました。さまざまな料理にアサイーを加えることで、料理の味を生かしながら、栄養価も高められることを打ち出したわけです」。

環境や健康への対応を強化していたイオングループに早速、勧誘され、初出店の翌年には「イオン津田沼店(千葉県)」に第2号店(現在は閉店)をオープンできた。現在は渋谷ヒカリエで、フラッグシップショップとしてアサイーボウルなどを提供するアサイーカフェを運営している。さらに、アサイーの供給量を増やすため、業務用卸事業も手がけることにした。手始めに「タリーズコーヒー」の全店(当時約300店舗)に納入。「フルッタフルッタとのダブルチョップにしてもらえたので、それをきっかけに当社の事業は大きく飛躍できました。ブランド名が一挙に全国に広がり、そのほかの大手外食店チェーンとの取引も急増したのです」と、長澤社長は明かす。その後、小売向け自社製品販売とメーカーへの原料販売を開始。現在それらの売上は、業績向上に大きく貢献している。

一方、アサイーのPRも順調に進んだ。第1号店オープンの際、地元紙の神戸新聞が1面で大々的に報道したのだ。それが呼び水となり、アサイーの物珍しさも功を奏して、全国紙やテレビ局からの取材が相次いだ。さらに、「ベストアサイーニスト授賞式」というメディア向けの独自のイベントも仕掛けた。これは、アサイーを愛用している有名人を年度ごとに表彰しようという企画。在日ブラジル大使館にサポートしてもらったところ、ブラジルゆかりのJリーガーも積極的に協力してくれたため、多くのスポーツ関係者や芸能人が受賞してくれた。

各方面での販売展開とメディアでのPRという両輪がうまく回った結果、フルッタフルッタの業績は右肩上がりで伸び、2014年12月には東証マザーズへの上場も果たした。IPOの理由について、「ベンチャーキャピタルなど出資者の期待に応えるため、ビジネスパートナーの信用を得るためもありましたが、事業をもっと大きくしてアグロフォレストリーも発展させたいという思いが強かったですね」と、長澤社長は心境を吐露する。

次なるミッションは「アサイー」の定着と、第2のアサイー「アマゾンカカオ」の普及

国語辞典に「アサイー」が新語として掲載されるなど、アサイーの市場浸透という第一のミッションが達成できた今、「アサイーを青汁のように日常の食品として定着させること」(長澤社長)が第二のミッションだ。その戦略の柱と位置づけているのが、アサイーの親和性を生かした一般食品とのコラボレーション。具体的には、アサイー入りのアイスクリーム、ヨーグルトといった商品を市場で増やしていくことで、アサイーの供給量を底上げする考えだ。

並行して、“第二のアサイー”となるアマゾン産果実の普及も図る。アグロフォレストリーのさらなる発展につながるからだ。同社はアセロラクプアスといったさまざまな果実を取扱っているが、中でも力を入れているのが、アグロフォレストリーの基幹作物となる「アマゾンカカオ」(カカオの原産地であるアマゾンで栽培されるものを総称してこう呼ぶ)。「チョコレート市場は巨大で、原材料にこだわり、差別化するのが最近のチョコレートのトレンド」だからだ。すでに、大手菓子メーカーにチョコレート原料としてアマゾンカカオを供給している。

長澤社長は、ベンチャーの成功条件として、「夢中で打ち込める仕事を見つけること」とともに、「社会に貢献する仕事をすること」を挙げる。「目先の利益を追い求めるだけでは、一時はよくても長続きしません」という。フルッタフルッタにとっては、「アグロフォレストリーの発展」が事業の原動力となっている。「アグロフォレストリーは、破壊されたアマゾンの森林を再生し、地球環境を守るための重要な事業です。その事業に当社が少しでも役立てるなら、こんなに嬉しいことはありません」と、長澤社長は力強く語った。