スポーツクラブNASの “人の心を動かす”経営学
スポーツクラブNAS株式会社 代表取締役社長 柴山 良成

スポーツクラブという枠を超えて、独自の進化を続けているスポーツクラブNAS。柴山良成代表取締役社長の手腕によって手がけられた数々のイノベーションが現在注目されている。その手法から、スポーツクラブ業界全体への思いやスポーツクラブNASの経営理念をひも解く。

“運営”とは模倣にすぎず“経営”とはオンリーワン性を生み出すための研究である

 スポーツクラブNASは、2010年6月“大人の社交場”をコンセプトにした新形態のプレミアムスポーツクラブ「プレミアムスポーツクラブNAS銀座」をオープン。スポーツクラブ業界で前例のなかった同施設は話題となり、現在、柴山良成代表取締役社長が率いる新体制のスポーツクラブNASは注目されている。

 柴山社長は大和ハウス工業株式会社出身。同社の樋口武男代表取締役会長からグループ会社であるスポーツクラブNASの社長に任命された当初のことを語ってくれた。

 「もちろんNASの存在は知っていましたけれども、実は、どのような会社なのかよく知りませんでした。当時私は49歳でしたが、大のスポーツ好きであるにもかかわらず、49年間一度もスポーツクラブというところに行ったことがなかった。サーフィン、柔道、野球、何でもやるタイプですが、そんな私でさえ行ったことがないところ、それがスポーツクラブだったのです」

 社長を務めるにあたって、柴山社長がまず行ったのは現場視察だった。札幌から長崎まで、全国に54店舗あるスポーツクラブNASをわずか1ヶ月半ですべて回ったのだという。

 「全店舗を回って、びっくりしたのです。正直言って“運営”しか知らないスタッフばかりだと感じました。“運営”とは模倣にすぎず、“経営”とは研究です。模倣しているだけでは限界がありますが、研究の裏付けがあればオンリーワン性のあるものを必ず輩出できます。イノベーションを起こすことが必要だと強く感じました」

大和ハウス工業で培ったイノベーションのノウハウをどうつなげていくか

 模倣ではなく、新しいものを創造する―。柴山流のイノベーションが始まった。

 「スポーツクラブ業界は4000億円の市場です。大和ハウスはグループで1兆7000億円の規模がありますから、当グループよりも小さい業界なのですね。この原因はマンネリ化でした。スポーツクラブには、プール、スタジオ、ジムという三種の神器があるだけだったのです。私は『20年単位で施設を借りるのではなく、5年で借りよう』『流れるプールを作るマシンはないか』『50mプールを作ろう』などといった具体的な提案を始めました。そして可能な限り、実現させていったのです」

 さらに柴山社長は、「業界全体がパラダイムシフトしなければいけない」と感じ、同業他社の横のつながりを作って、情報交換をしながらアライアンスを組んでいきたいと考えた。

 「既に大和ハウス工業ではそうしたアライアンスを他社と行っていましたので、ある協会にその発想を持ち込んだのですが、『伝統が違う』『利幅が違う』などと言われてしまいました。

 スポーツクラブ業界は、今や値引き合戦や商品価値を自ら落とすなどして、少ないパイを取り合っている。それでは利益が出ませんし、仮に出たとしても継続しません。“経営”が成り立たなくなっていたのです。お客様に真の喜びを提供することができていない業界の現状、そこに一石を投じたいと思いました」

喜ばれて、売れて、儲けよ。満足の土台を作ることで会員が“真のお客様”になる

 柴山社長は、業界初の試みを次々に行っていった。まずはモンブランやマッターホルンといった名峰に登るための完全マンツーマンプログラム「世界の名峰登山」。筋力・体力アップのためのトレーニングや登山スキル、登山ツアーを合わせたプログラムだ。パーソナルトレーナーと山岳ガイドが会員のチャレンジをサポートする評判のメニューとなっている。

 次に、日本の名水百選である黒部扇状地・入善町の湧水を使ったミネラルウォーター「NASオリジナルウォーター」と、日清オイリオとの共同開発で誕生した代謝系スポーツドリンク「アクティブビネガー」を発売した。

 「会員の皆様に『スポーツクラブNASは楽しいところだ』と満足していただけるような下地を作りたいと考えました。我々の使命は、会員様の心も体も元気にすること。使命をまっとうしていれば、利益があとからついてくるはずなのです。

 一企業としてはもちろん利益をださないといけませんが、それだけを追求していると息切れしてしまう。社員には『喜ばれて、売れて、儲けよ』と絶えず言っています。この3つがワンセット。お客様の満足の土台をていねいに作っていかないと“感激”が出てきません。しかしその“感激”が表れ始めれば、武器になる。会員様が、我々にご意見や忠告をしてくださるような“真のお客様”になるのです」

人気スポーツクラブ3位にしかし返ってきた言葉は「なんや1位はどこや」

 柴山社長は、リストラは一切行わなかった。むしろ正社員を増やすことを選び、アルバイトのスタッフを月に3、4人のペースで正社員に雇用している。その裏にあるのは、「人件費は経費ではなく投資」だとする考え方だという。

 さまざまな実行が結果となり、現在の会員数は約10万人。2010年、スポーツクラブの人気ランキングでは、見事3位に選ばれた。

 「大和ハウスグループだということが認知されたのと、業界にこれまではなかった新しい試みを皆様に評価していただいたのかもしれません。でも当グループでは、一番にならないと許してもらえないのです(笑)。樋口会長に報告しましたが『なんや、1位はどこや』って、褒めてもくれませんよ」

 そう笑う柴山社長の目標は、日本一になること。スポーツクラブNASは創業から40年で売上げが120億円であるのに対し、大和ハウス工業は同じく40年目では売上げが1兆円だったというから、樋口会長の柴山社長への厳しくも熱い期待には納得できる。そして柴山社長がさらに投じたイノベーションが、「プレミアムスポーツクラブNAS銀座」だった。

 「身体づくりだけでなく、心の豊かさを追求しました。トレーニングジムのほかに、商談スペースとして活用できるバー&ラウンジやゴルフレンジ、エステティックサロンなどを設置したのです。また、入館時には、個人の眼を認証してドアを施錠する虹彩認証を採用し、メンバーシップのステイタスを重視しています」

最上のホスピタリティで応えるスポーツクラブという名のラグジュアリーな社交空間

 「プレミアムスポーツクラブNAS銀座」のメンバーは、日本中のスポーツクラブNASを利用可能だという。例えば芝浦の天然温泉や、大崎での最先端エクササイズなど、いつでも気軽に手ぶらで出かけられる楽しみを満喫できるのだ。

 「異業種交流会や音楽会など、出会いを広げるイベントもご用意しています。コンシェルジュには、提携のゴルフ場からクルージングまで、あらゆる手配をお任せいただけるようにしました。現在約250人のメンバー様がいて、スポーツクラブとしても社交場としてもご利用いただいています」

 メンバーは、都内にオフィスを持つ40~50代の経営者や役員が中心だという。近くにマロニエゲートができ、より賑わいを見せ始めた銀座。この立地を選んだのは、不動産屋的な発想があったと語る。

 「八重洲や丸の内界隈もまだ整備されていますし、次は京橋がくるのではないかと思っています。そうすると、銀座4丁目から日本橋までが一つのブロックになる。新しい文化を発信していくのにぴったりの場所だと思いました」

日本らしく発展するスポーツクラブ業界を支えて行きたい

 文化発信という視点では、スポーツクラブ文化の浸透しているアメリカからビジネスモデルのヒントを得たのだろうか。

 「いいえ、アメリカと日本では文化の違いがありますから。欧米には自分の肉体や健康を気づかったうえで『楽しいから行く』という文化があります。欧米では15%の人がジムやスポーツクラブに通っているのに対して、日本ではわずか3%なのです」

 でも、柴山社長はそれを単に嘆いているのではない。さまざまな状況をポジティブに捉えるのが柴山流だ。

 「もちろん今後『運動は楽しくて健康にもいい』という理念を日本にも根付かせたいと考えています。将来的に医療費のかからない健康なシニアがもっと増えれば、業界だけではなく日本全体が活性化すると思うからです。

 でも、単に欧米のマネをしようと思っているのではありません。日本独自の文化からヒントを得ることもあります。例えば、アメリカには居酒屋がありません。日本には、お酒を飲めない人も居酒屋へ行き、みんなと楽しむという文化があります。この『お酒が飲めなくても楽しい』というビジネスモデルは、正しいと思うのです。スポーツ好きの私でも行ったことがなかったスポーツクラブ。そこへいつか、スポーツ嫌いの方が来てくださるようになれば本物だなと考えています」